パリで人生ステップアップ!

某有名百貨店で広告を担当していたコメ・ニコラ。19年と10か月勤めた会社をやめて、アクセサリーブランド立ち上げを決意。まずは「ヨーロッパ1と言われる」、パリにあるジュエリーの学校BJO FORMATIONで2005年9月から2010年1月まで腕を磨きました。フランスに滞在して早くも8年目。ピエールと2008年9月にPACSした後、2010年6月に結婚しました。日々ジュエリーを作りつつ、ピエールとフランスで頑張るコメ・ニコラのブログです。

さよならニコラ・フラメル

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    オリンピックが始まりましたね。
    コメ・ニコラも、ずーっとではないですが、見られる時は試合を見ています。
    と言っても、フランスのテレビなので、基本的にはフランス人が出ている
    試合なのです。

    今回は、でも、キーホールTVを導入してみました。
    本当にちっちゃいテレビだけど、そして画像はかなり荒いけど、
    無料で日本のテレビが見られるっていうのは、すごいことです。

    さて、もう1ヶ月以上前のことですが。
    コメ・ニコラ、今も夜間の学校に通っています。
    ニコラ・フラメルです。
    ここは、昼間はジュエリーを学ぶ高校生が通う学校で、
    夜間は大人が通う学校です。いずれも公立です。
    (フランスでは、手に職をつける場合は高校生の時から
    職業訓練校に通い、CAPなどの試験を受けて、
    技能資格を取得します)

    が、経費削減のために、ニコラ・フラメルがエコール・ブルという
    美術系の学校に吸収されることになりました。
    (元々、エコール・ブルの一部でしたが、建物が独立していたのです)
    それにともなって、学校も移転になり、跡地には幼稚園と
    市営住宅(?)が建つそうです。

    なので、授業自体は校舎を変えて続くわけですが、入れ物がなくなることに。

    最後の授業は、6月半ばでした。

    記念に学校の写真をちょっとだけ撮影。
    もっとたくさん撮っておけばよかった…とは、後になってから思うこと。


    ↑入り口入ったところにあるドア。このまままっすぐ行くと中庭に、
    左は入学審査が行われるホール、右手の階段を上がると、教室です。


    ↑これが学校の階段。


    ↑出口。

    出口の右側には、ドイツに連れ去られて(正確には、ドイツに占領中のフランスから
    連れ去られて…。占領中だったために、フランス人もユダヤ人が収容所に送られる
    のを助けた経緯があります)収容所に送られた生徒の名前が書かれたプレートが
    かかっていました。

    あのプレートも、学校とともになくなっちゃうのかな。

    それにしても、ジョワイユリー(彫金ですが、特に石を使ったジュエリーの作り方)、
    石留め、磨き、宝石学などを何年か学んできた学校がなくなるというのは、
    やはりさびしいことです。

    財政に余裕が無いというのもわかるし、もう一つの学校に吸収されるというのも
    意味があることと思います。
    でも、学校がある辺りは、道具屋さんや、様々なアトリエなどもたくさんある
    界隈で、そこに学校があるということ自体、大きなことだったのではと思うと、
    残念でなりません。

    さよならニコラ・フラメル。
    ちなみに、ニコラ・フラメルは実在したと言われる、錬金術師の名前です。

                                                 

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